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柴原発電所の水車と発電機|Web資料館|三春町歴史民俗資料館

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年3月14日更新

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まちかど文化財

柴原発電所の水車と発電機

 三春城が築かれたことにより、三春は城下町として大きく発展し、現在でも数多くの文化財が残されています。歴史の町三春の文化財について、あまり知られていないものを選んでご紹介したいと思います。なお、ここでいう「文化財」とは「指定文化財」ではなく、本来の意味である、人が生み出した文化的財産という意味の「文化財」を指しています。

 さて、今回は、中郷小学校正門前にある発電機についてご紹介します。この水車と発電機は、大正7年、現三春町域では2番目に設置された柴原発電所(本宮電気株式会社)のもので、現地に保管・公開されています。

 現地の説明板によると、この水車は電業社という名前で製造されたもの、発電機は日立製作所で製造されたものです。そして、柴原発電所では、年間236万5千キロワットの発電量だったと書かれています。ちなみに、三春町域で最初に設置された三春電気株式会社の滝発電所(明治42年9月営業開始)では、年間発電量は9,241キロワットですから、わずか10年弱で、別々の会社とはいえ、発電量が一挙に増加したことがうかがえます。

 三春町の電力発電は、滝発電所によるものが第一号で、ここからの送電により、三春にもはじめて電灯がついたわけですが、当時の発電量は、現在とはまったく比較になりませんから、家に電気を引くというのは、たいへんな経費が必要だったようです。

 三春の工場用・家庭用電気は、柴原発電所の後、昭和4年に船引に光大寺発電所、同9年に西方発電所が設置され、供給されました。これらの発電所は、太平洋戦争時には日本科学工業専用に発電されるなど、時代時代の制約を受けましたが、三春ダム建設により、完全にその使命を終えました。

(藤井 康)

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