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伊達政宗|Web資料館|三春町歴史民俗資料館

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年3月18日更新
 

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三春人物誌

伊達政宗

 伊達政宗は、日本の歴史の中でも有名な人物ですが、三春の歴史にも深い関わりのある人物です。伊達家は、江戸時代に仙台藩六十二万石を支配し、加賀藩の前田家、薩摩藩の島津家に次ぐ大大名であり、その初代となる政宗は、仙台藩の基礎を築いた人物です。政宗にはじまると見られがちな伊達家ですが、その家柄自体、源頼朝の奥州合戦直後、現在の福島県伊達郡辺りを与えられた、古くから東北地方に根を置いた名家でした。

 政宗は、永禄10(1567)年8月3日、伊達輝宗と山形城主最上義守娘の間に長男として生まれ、天正7(1579)年には三春城主田村清顕娘愛姫と結婚し、田村家と深いつながりを持つことになったのです。ちなみに、政宗の曽祖父稙宗の娘は田村隆顕(清顕の父)に嫁いでいますから、政宗と愛姫は又従兄弟の関係となります。その後の政宗は、東北地方の南部をほぼ制圧しながらも、豊臣秀吉に屈し、一大名として江戸時代を迎えたのです。

 ところで、平成18年度開催の春季特別展「田村大元神社」において「伊達政宗肖像画」を展示しました。この絵は「歴代画真」と呼ばれる伊達家歴代の肖像画集の一枚で、現在仙台市博物館に所蔵されています。この絵に描かれた政宗は、その風貌から老年を迎えたものと思われますが、甲冑を脇に置き、武将としての側面も垣間見せます。

 さて、政宗といえば「独眼竜」の愛称で有名ですが、この肖像画にはその様子が描かれていません。同じく仙台市博物館蔵の政宗像(「馬上少年過」の詩で有名なものです)も、「独眼竜」ではない政宗像を描いています。「伊達治家記録」という史料によると、政宗は幼少の頃、疱瘡のために右目を失明しましたが、そのことを生涯恥じ、死去する時、自分の肖像を作る時は必ず両目を入れよと命じたため、政宗の肖像は、いずれも両目を見開いた形になっているのです。

 政宗は、寛永13(1636)年5月24日、70歳で死去しました。墓所は仙台市の瑞鳳殿にあります。

(藤井 康)

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