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会津領から松下氏時代|Web資料館|三春町歴史民俗資料館

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年3月18日更新

Web資料館

三春のあらまし

会津領から松下氏時代

 天正18年(1590)の田村氏改易後、三春は伊達政宗の領地となります。しかし、翌年には会津若松城主蒲生氏郷、慶長2年(1597)には同上杉景勝、慶長6年には同蒲生秀行の領地となり、それぞれの城代あるいは守山城代によって支配されることとなりました。その後、寛永4年(1627)会津若松城主となった加藤嘉明の3男明利が、田村氏改易後最初の独立城主として三春に入城しました。しかし、翌年正月二本松城主松下長綱と領地替えを命じられたため、1年弱しか三春に在城しませんでした。

 以上のように、田村氏改易から40余年間の三春は、度々領主が変わり、安定した治世を迎えることはありませんでした。そうした中で、寛永5年松下長綱が三春城主となり、長期間では無いものの、しばらくの間安定した治世を迎えることとなったのです。

 松下氏時代に三春は、三春城の修築や城下町の整備など、近世三春の基礎を構築した時期と考えられます。現在残されている「松下氏時代三春城下絵図」は、当時の三春の姿を良く示したものと考えられ、江戸時代初期の三春を知る数少ない手掛かりとなっています。

 しかし、正保元年(1644)松下長綱は改易となり、わずか16年の治世によってその時代の幕を閉じます。そして、三春は次の秋田氏に治世をゆだねることになったのです。

(藤井 康)

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