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八幡町の「八幡神社の石燈籠」|Web資料館|三春町歴史民俗資料館

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年3月14日更新
 

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まちかど文化財

八幡町の「八幡神社の石燈籠」

石燈籠
 石燈籠

 字八幡町にある八幡神社は、町名の由来にもなった由緒ある神社です。

 この神社の境内に、一対の燈籠があり、「寛文七年八月十五日 施主大久保清八 下総国結城の住」と彫られています。今回はこの燈籠に関わる伝説をご紹介します。

 古くから三春では生糸の生産が盛んで、他国からも買い付けに来る商人がいました。寛文6(1666)年、下総国結城(現在の茨城県結城市)の糸商人大久保清八は、糸を買い付けるために大金を持って三春へやってきました。鷹巣から三春城下へ向かう頃には夕暮れとなり、さびしい山道を急ぐ清八の前に、突然大男が現れ、「金を出せ」とおどしたそうです。驚いた清八は、金を投げ出し、「どうか命だけは」と手をあわせたところ、たまたま供を二人連れた武士が通りかかったため、大男は驚いて逃げ出してしまいました。武士は清八から事情を聞き、城下の入り口である並松坂のところまで同行し、清八に問われるままに自分の屋敷を教えて別れたといいます。

 翌日、お礼のために武士の屋敷を訪れた清八は、教えられた屋敷の場所が六地蔵とお堂の場所で、近くに八幡神社があることを知りました。清八は、昨夜自分を助けてくれたのは八幡様だったと思い、翌年、お礼に石燈籠を寄進したのです。

 この伝説は、八幡神社が武門の神様であることをモチーフにしたものですが、「結城紬」の産地である結城の人を介在させることで、三春の生糸を強調する効果も出しています。ただし、紬の糸はくず繭を使うとされ、三春産生糸の品質にもつながる隠し味があるようです。

(藤井 康)

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