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雪村|Web資料館|三春町歴史民俗資料館

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年3月14日更新
 

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三春人物誌

雪村

「奔馬図」   「奔馬図」(館蔵)

 三春にゆかりある文化人として、最も有名な雪村をご紹介しましょう。

 雪村は、今から400年以上も昔、現在の茨城県常陸大宮市に生まれたと伝えられています。生家は、戦国大名佐竹氏の一族とされ、雪村自身、戦国武将として人生を送る可能性もあったのです。しかし、雪村の父は、彼を後継者にせず、異腹の弟を後継ぎにしようとしたため、雪村は禅宗の僧侶となり、「画僧」としての人生を送ったとされるのです。

 禅僧となった雪村は、出家先の寺で絵を学び、会津・小田原・鎌倉を訪問し、会津の葦名氏、小田原の北条氏という、戦国時代の有力大名とも交流がありました。彼らとの交流は、僧侶としてはもちろん、葦名氏の当主盛氏に対して、絵を描く際の秘伝、絵の鑑賞法を伝授するなど、画家としての側面も大きかったとされています。

 このように、雪村の活動は、各地の戦国大名と交渉を持ち、その庇護の下、数多くの作品を制作し、技術をみがくことにあったのです。

 雪村と三春とのつながりは、庇護者であった葦名氏が衰退しはじめた頃にはじまったとされ、当時70歳程度になっていた雪村の、晩年がその時期にあたりました。

 この当時の三春は、戦国大名田村清顕の時代でしたが、頻繁に戦さをくりひろげた清顕が、一方で雪村の新たな庇護者になったことに、清顕の文化人としての側面をうかがうことができるのです。

 雪村は、絵の制作活動に集中できる場所として、現在の郡山市西田町に住み、高齢にもかかわらず、大作を残しています。現在知られる作品としては、「竹林七賢図屏風」(畠山記念館蔵)「潭底月図」(大和文華館蔵)「瀟湘八景図屏風」(個人蔵)などがあります。

 上の絵は、歴史民俗資料館が所蔵している「奔馬図」です。茨城県の鹿島神宮が所蔵する「百馬図帖」にも通じる、軽妙なタッチの中に、生き生きとした馬の生態が描かれた、いかにも雪村らしい作品といえます。この他、町内に残る雪村の作品は、福聚寺所蔵の「達磨」が知られているのみです。

(藤井 康)

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