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秋田盛季と火事|Web資料館|三春町歴史民俗資料館

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年3月14日更新

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秋田盛季と火事

 三春藩2代藩主秋田盛季は、病身で引っ込み思案の性格だったそうです。そのため、あまりエピソードの無い人物ですが、「秋之夜之夢噺」(個人蔵)に、次の話が載せられています。

 酉の年の江戸大火と言いますから、明暦3(1657)年の大火の時、江戸にいた盛季は、すぐさま家来の秋田伝内を江戸城へ行かせました。その時、白川城主松平越中守(この年の白河藩主は本多能登守忠義なので誤り)は江戸城にいましたが、盛季の家来が登城したことを聞き、「自分の屋敷より12里も遠いところに屋敷のある盛季に先を越されて悔しい」と、たいへん立腹したそうです。

 それから数年後、盛季が大坂加番で上京する途中、伊勢国桑名に一晩泊まりました。この時の桑名藩主は、白河から桑名へ転封していた松平越中守その人でした。

 その日、たまたま桑名で火事が起こりました。越中守は、桑名城の櫓に登り、盛季やその家来達がうろたえるところ見てやろうとしましたが、盛季の行列は少しも乱れず、煙の中を静々と通り、安全な場所で行列を止めました。盛季は、足軽二組を桑名城へ向かわせ、越中守に対し、「城下が火事です、風も激しく、お城が危うく見えますので家来を差し向けました」と伝えました。

 越中守は、盛季は酒ばかり飲み、鷹狩りや能が好きなどうしようもない奴と思っていたが、秋田家は古い家なので、良い家来をもっていてうらやましいと言ったそうです。

(藤井 康)

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