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田村氏三代の墓|Web資料館|三春町歴史民俗資料館

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年3月14日更新
 

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田村氏三代の墓

 戦国大名田村氏のお墓は、町内御免町の福聚寺に、三基並んで建てられています。これらのお墓は、右側が初代義顕、真ん中が二代隆顕、左側が三代清顕とされ、昭和52年9月28日、三春町指定文化財となり、現在でも「田村氏三代の墓」として有名なものです。また、隆顕・清顕のお墓にはそれぞれの戒名が彫られており、義顕の墓は僧形で、手前の線香を置く台に、義顕の戒名と没年が彫られています。

 ここでは、これまで「田村氏三代の墓」として疑問も投げかけられずにきたこれらのお墓について、近年発見された史料から、多少の疑問を投げかけてみたいと思います。

 さて、江戸時代末期に記された「三春領名所旧跡集松庭雑談」という史料があります。この中に、田村清顕のお墓について、次のような一文が記されています。

  清秋之墓
 福聚寺にあり。大紋烏帽子着したる石像なり。近年一ノ関大守田村氏より年忌ノ時石塔立。長雲寺殿前光録大夫空山松公大居士ト銘ス。

 この記述によれば、左側にある墓石は、江戸時代後期に一関藩田村家で建てた清顕年忌の石塔となります。そうすると、これとほぼ同型の中央隆顕のお墓も、やはり一関田村家で建てたものと考えられるのです。つまり、三基ある墓石の内、二基は年忌の石塔であり、墓石ではないということになります。そして、義顕の墓石とされてきたものの形が、ここでいう「大紋烏帽子着したる」清顕の墓と同じ人型をしていることも判明するのです。

 これまで義顕の墓とされてきたものには、確かに手前の台に義顕の戒名と没年が彫られているのですが、この台が創建当初のものであるかどうかは判然としません。つまり、可能性として、義顕墓と称されているものが、実は清顕の墓なのではないか、ということも考えられるわけで、ここに疑問点があるのです。

 僧形の墓と大紋烏帽子の墓、単純に見分けるとすれば、その大きな違いは烏帽子の有無でしょう。確かに現存する墓には烏帽子もなければ、それらしきものがあった痕跡も見出せません。しかし、初代義顕の墓石が残りながら、二代・三代の墓が無いというのも不思議な話ですし、何よりも、先の史料が書かれた時(江戸時代末期)には、清顕の墓として「大紋烏帽子着したる」墓が存在したわけで、同じような形の義顕墓に言及されないのも不思議なため、なおさら疑問が深まるのです。

 そこで、私見を述べたいと思いますが、前提にすべき点を先に記しておきます。

 一つ目は、「松庭雑談」の筆者は城下町に住む武士で、福聚寺の墓所を実際に見ることのできる人物だったということ。

 二つ目は、現在の状況からして、江戸時代末期においても、存在した墓の数に変化は無かったと考えられることです。

 以上を前提として、私の推測は、二つ。

 一つは、「松庭雑談」の筆者は、義顕の墓を清顕の墓と間違い、しかも僧形のものを大紋のものと勘違いし、さらに烏帽子まで付けてしまったということ。つまり、江戸時代末期には、隆顕・清顕の墓はすでに失われ、義顕の墓のみが残されていた、そのため、一関田村家が隆顕・清顕の年忌のため石塔を建立した、「松庭雑談」の筆者は、一基だけ残っていた墓を清顕のものと勘違いして記した、というものです。

 もう一つは、江戸時代後期には義顕・隆顕の墓はすでに失われ、清顕の僧形の墓のみが残されていた、一関田村家では、隆顕・清顕の年忌供養のために同所に石塔を建てた、「松庭雑談」の筆者は、清顕の墓を大紋のものと勘違いし、さらに烏帽子まで付けてしまった、そして、清顕の墓として年忌の石塔が認知されるに従い、清顕の墓を田村初代義顕の墓と勘違いし、誰かがそこに義顕戒名等の付いた台を置いた、というものです。

 この二つはいずれも推測でしかなく、それ以外のケースも考えられますが、いずれにしても、田村氏三代の墓の謎は深まるばかりです。

 なお、烏帽子も無いのに烏帽子のある墓があると書かれた点は、最も重視すべき点です。当時は存在したものが、その後なんらかの理由で失われたということも、まったく考えられないわけではありませんが…。ご教示を得られればと思います。

(藤井 康)

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