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特産品

印刷用ページを表示する 掲載日:2013年1月23日更新

三春駒

三春駒
三春駒

 遠く坂上田村麻呂東征の伝説に由来する「子育木馬」が発祥と言われ、子育てのお守りとされた一寸大の馬型木彫が原形です。後に馬産地三春の仔馬生育を願って神社に奉納したり、子どもの玩具に用いたりしました。

 大正期に現在の形ができ、直線と面を活かした巧みな馬体と洗練された描彩は、広く日本三大駒(青森の八幡駒、仙台の木ノ下駒)の随一として定評があります。

 最近はホウの木を用い、鋸で切れ目をいれて頭あわせの2個組を作り、次に後頭部に当たる中心にノミをいれて割り、仕上げています。彩色には全面に黒を塗り、さらにニカワを塗ってツヤをだしています。次に模様描きをして麻のたてがみと尾を植えてできあがります。現在市販されている三春駒は高さで区分しており、一寸五分から一尺まで数種類あります。また、子育て木馬はお守りの一寸ほどの駒で、現在も古い体型が失われずに残っています。白い三春駒は長寿のお守りとされています。

 三春町内では1軒のみで作られており、また、三春駅から車でおよそ5分程の高柴にある「デコ屋敷」は江戸時代からの人形の里で、数百年の伝統を守っています。

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三春張子

三春張子
三春張子

 素朴さのなかにも華麗さがあり、日本の代表的な郷土玩具として人気を集めている三春張子。

 その昔、三春藩主が江戸より張子職人を呼び寄せ、参勤交代の折りに歌舞伎や伝説上の主人公の人形を手みやげにしたのがはじまりといわれています。

 木型に和紙を張り、型から抜き取り「張り抜き」の手法で、人形によっては数個の木型を用いて張り抜きしてから、これらを組み合わせて一体の動的な姿態に作りあげます。さらに紙や竹などを差しこんだりして小さな持ち物を本体につける「とりくみ」によって、人形の表現はいきいきしたものになっています。手を振りあげたり、袖が舞うなどの「動」のなかの一瞬をとらえた型や顔の描き方の立体感などは、単なる玩具というよりは、封建時代にあってもより人間性を表現しようとした庶民の自由への息吹きが強く感じられます。

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三角油揚げ(ほうろく焼き)

三角油揚げ
三角油揚げ

 舞鶴城に由来し、鶴が天高く飛ぶ姿を型取ったという三春の名物「三角油揚げ」。

 ほうろく焼きは、これにネギの小口切りを入れ、フライパンで色好く焼きます。季節によって、春はふきのとう味噌、夏は山椒味噌、秋は柚味噌などで熱いうちに食べます。みちのくの庶民の素朴さと自然に対する細やかな感受性が生み出した風味です。

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三春索麺

 今から300年前の江戸の昔、江戸から北へ60里、奥州三春藩に東北で唯一、しかも国内では最も上級の索麺産地がありました。

 江戸時代の百科事典『和漢三才図会』にも「奥州三春より出づるものが細白にて美なり」と紹介されており、三春藩時代に幕府献上品となっていました。