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田村四十八館を歩く〔2〕-貝山館-|Web資料館|三春町歴史民俗資料館

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田村四十八館を歩く〔2〕-貝山館-

貝山の運動公園から、中郷方面へ500メートルほど行った大きなカーブの正面にある小高い丘が、貝山館跡です。

この館跡は、南斜面が失われていますが、中世の姿が良く残されています。
そこで、城跡の現状を観察して、防御施設の平面構成を地形図に描き込んだ「縄張り図」を使って、館の構造を紹介します。

貝山館縄張り図
 貝山館縄張り図

貝山館跡は、東西に延びる尾根の西端にあたるため、東側に堀を掘って尾根と切り離し周囲は現在用水路となっている堀で区画しています。
全体で120メートル四方、高さ30メートルの小さな館ですから、数百人の敵に攻められればひとたまりもないでしょう。
しかし、どんなに大勢に攻められても、敵に一定の損害を与えられる防御施設が整っています。
では、北の虎口と呼ばれる入り口から本丸を目指してみましょう。

まず、虎口から高さ10メートルの急な道を登って、Aの曲輪に入ると、途端にC・Fから攻撃されます。
そして、Bを経て鍵の手に折れながら、二の丸(C)へ行きます。
二の丸の北側には竪堀が3本掘られており、下から直接登ろうとすると、石を落とされたりして簡単には登れません。
さて、二の丸から本丸へは、Dを通って東西2方向から進めますが、本丸から横向きに矢を射かけられます。
虎口から本丸までは、直線で40メートルしかありませんが、実際に登るには150メートルの距離を迂回しながら進まなければいけません。

このように、中世の城館跡では、歩いて地面をよく観察することで、当時の姿を知ることができます。

(1997年11月 平田禎文)

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