河野広中の帽子箱|歴民コラム 収蔵資料紹介編3|三春町歴史民俗資料館
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歴民コラム
河野広中の帽子箱
19 世紀から 20 世紀初頭には、「フロックコート」と呼ばれる装いが、男性の正式な昼の服装とされていました。
黒を基調とした長い上着にズボン、白シャツ、ベストにネクタイ、そして仕上げに革靴、帽子、ステッキを持つ格好になります。
自由民権広場の河野の銅像が、まさにこのフロックコート姿です。
人前で話したり、様々な会合に出席したりすることの多かった河野には、公的な場面で必須の装いだったのでしょう。
銅像はかぶっていませんが、帽子は河野の愛用品だったのではないかと思われます。
若いころの写真には、ハットピンを挿した山高帽を小粋にかぶる姿があり、資料館で収蔵している遺品中にも、山高帽とシルクハットの二つがあります。
シルクハットなどは、紙製の帽子箱で保存しますが、今回ご紹介するこの帽子箱は、しっかりした革製で、帽子の保存はもとより、運搬も目的として作られたものです。
このような帽子箱は、町内でもいくつか見つかっており、手仕事の美しい帽子はもとより、箱自体も良い革細工であることが多いのです。
令和 2 年の企画展では、河野の特大スーツケースをご紹介していますが、旅行用品とともに、シルクハットを入れた帽子箱を、秘書に持たせて旅する、河野の姿がしのばれます。
(2023年3月 藤井典子)