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三春地区|三春の地域と文化財(たからもの) 2|三春町歴史民俗資料館

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歴民コラムについて

 三春町歴史民俗資料館より、三春町の歴史や文化、ゆかりのある人物伝、資料館に収蔵されている資料などについて、コラムをお届けします。
 ※掲載している情報はコラム執筆時点のものです。

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三春の地域と文化財(たからもの) 2

三春地区

三春町は小さな町ですが、昭和30(1955)年の合併以前の旧7町村それぞれに特徴があります。
そこで、このコーナーでは地区ごとの歴史や文化を紹介します。

第1回目は三春地区で、中世に城と城下町が建設され、位置的にも歴史・文化の側面からも中心的な地区です。
周囲は、北西が御木沢、北東が要田、南が中郷とわずかに中妻地区と接する部分があるほか、西は郡山市西田町(旧逢隈村)に囲まれています。地区内は、江戸時代の6つの町人地を拡大した大町、中町、八幡町、北町、荒町、新町と、駅南部土地区画整理事業により平成元(1989)年に竣工した住宅団地である八島台の7区に区分されています。
全体のやや東よりの中央に三春城があった大志多山が所在し、その南麓を東から西へ桜川が流れています。

江戸時代には城の周りを武家屋敷が囲み、その周囲を巡る谷とそこから派生する谷筋が街道でした。
そして、街道に沿って町人町が設けられ、その延長上の周縁部に下級武士の組屋敷、さらに街道に直交する支谷奥の高台に寺社が点々と配置されました。
この寺社の裏にあたる町の外周を城壁のように丘陵が巡るため、城下町から他の地区へ出るには、小さな峠を越えることになります。

近代以降は、武家屋敷や組屋敷が一般の住宅地に替わりますが、地形の制約もあり、現在もこの配置がおおよそ継承されています。
また、武家屋敷の奥には畑があり、周辺部にも田畑が多く、現在も町と山林(里山)が近接する田園都市です。

三春地区には、寺や神社が多く、町内の文化財の多くがこの地区にあります。国指定はありませんが、光岩寺の阿弥陀如来立像と福聚寺の田村氏掟書が県指定の文化財で、町指定の71件のほか、国登録有形文化財の旧吉田家住宅主屋と紫雲閣があります。
また、戦前の「重要美術品等ノ保存ニ関スル法律」で、国から重要美術品に指定されたのが、光岩寺の阿弥陀如来立像と田村大元神社の銅鏡です。
この法律は、文化財保護法の施行により廃止されましたが、銅鏡は国認定重要美術品の状態です。
この銅鏡は背面の文様から松喰鶴鏡と呼ばれ、背面の墨書から鎌倉時代にさかのぼる貴重な文化財です。

※銅鏡(田村大元神社蔵): 直径20㎝ほどの鏡の背面に、松の枝をくわえて舞う2羽の鶴の文様が鋳込まれ、その上に「大元明王 永仁三年(1295)七月十日」と墨書されています。さらに鏡の面には大元明王の姿と思われる墨絵の痕跡が確認でき、懸け仏として吊るして使った痕と考えられる穴があけられています。中世田村荘で信仰を集めた大元帥明王に関わる重要な資料です。

(2026年5月)

銅鏡(田村大元神社蔵) 銅鏡(田村大元神社蔵)

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